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私とロシア Я и россия

東京ロシア語学院の学生です。

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Живу

私はロシアを思い出しシナモンコーヒーを楽しむ(入れ過ぎちゃってますけど)。



あれから幾日が経ち、行ったばかりの頃よりももっと感慨深く思いが込み上げてくる。私はあのロシアに行ったんだ、本でしか分からなかった国をこの目で見てきたんだ。



砂浜、凍る海。広がる世界。



ナポレオン・ボナパルトすら完敗させた冬将軍、ツンドラの大地、永久凍土、シベリア抑留。厳しさを目の当たりにして、なお私の心を震わせるロシア。身分格差、強者と弱者、虐げ、弄び、身勝手な振る舞いに抗うことは出来ぬのか?いや絶対に認めないと考える強い意志。私は一人、いや気がつけばいつも誰かが救いの手を差し伸べてくれている。幸せ、不幸せ、私は私の思うまま、運命を受け入れ、決めたことに従うだけ、そう決めるのは自分。それを幸せだと思えないならば不幸であろう。幸せだと信じたい。自分を認めたい、誰が受け入れてくれるかではなく、自分自身がまず自分を支えねば人生は進まない。自分に負けそうになった時、私はエカテリーナ二世ならどうするかを思いだそう。今は辛くてもいつか日の目は見られる。辛抱し、精進し、支援者を増やし、自分が自分であり続け、受け入れられるように。

ロシアは私を強くしてくれた。

死んでしまいたいと思ったこともある。しかしロシアを知らずに死にたくなかった。ロシアを見たらなお生きていきたくなった。躁鬱病はピョートル三世。生まれ故にどんな自分勝手な行いが誰からも認められ許されそうになったとて、時期を待て、耐えろ、私は一人でも必ず生きる。美しいロシアを知らずに死にたくない。





「私とロシア」

プライベートな悩みもあり、学習するにつれ、ロシア語に自分の時間をお金を投資することに迷いが生じました。短期講座だけ受けて、あくまでも趣味の学習にしておくべきだったかもしれない。辛い時期にある私は、ある記事を目にしました。

年商50億円企業の経営者が、10億円の負債を抱えて倒産。渡辺社長は「またゼロからやればいい」とサラッと言い放った。凡人の私にとって「倒産」は、「人生の終わり」「社会的な死」。けれど社長にとっては「原点回帰」にすぎなかった。
(略あり、一部を抜粋)

私は、身に余る職に就いても、世間で言われる良縁に結ばれても、いつも虚無感がありました。幸せでは無かったし、その自分の境遇を愛することは出来ませんでした。傲慢と思われるかもしれませんが、私は自分の才能を試さず人生を終えたくなかったのです。

誰一人として同じ未来はないはずなのに、違う未来を目指そうとすることにおいて不安や恐れが生じ、違う生き方を否定します。道を踏み外すのと、違う未来を目指すのと、なぜ同じこととして考えてしまうのでしょう。自分らしさとはなんでしょうか。誰かが敷いたレールだけを歩んでいたら、発展があるのでしょうか。皆が追いかけるもの、皆が欲しがるもの、私はそれを得たとて、自分に納得することはありませんでした。物質的な豊かさを捨て、精神的な豊かさを追い求めることを決意したのです。不安がない訳ではありません。でも、私はまだ私を好きであると言えずとも、好きになる努力をし続けるべきだと考えています。ロシア語は、生きることに疲れた私にも優しく、まだやれることがあると思わせてくれました。

アイデンティティクライシス
アイデンティティ=自分らしさ、クライシス=危機。自分らしさを見失い、自らの命を絶つ人が後を絶たない世の中が変わればいい。

年収1億円を狙うのに、一番ハードルが低い職業は何か?

年商50億円企業のカリスマ経営者だった渡辺社長(仮名)が、ある日突然、10億円の負債を抱えて倒産しました。自分の身近でこのような事件が起きたのは、はじめてだったので、私もかなり衝撃を受けました。ですがその後、さらなる衝撃が私を襲いました。それは、渡辺社長が「またゼロからやればいい」と、サラッと言い放ったことです。凡人の私にとって、「倒産」は、「人生の終わり」と同義でした。つまり、「社会的な死」であると。けれど渡辺社長にとっては、「原点回帰」にすぎなかったのです。「戦国時代ではあるまいし、今の日本は、倒産したって命まで取られることはない。失敗は、買ってでもした方が経験値が上がる。まぁ、今回は借金も抱えちゃったから高くついたけどね」そして最後に、渡辺社長はこう言い放ちました。「経営者というカテゴリーは、10回やれば1回成功する。100回に1回とか、1000回に1回ではない。10回に1回でいいのだから、経営者はかなりの成功率だよね」と。その後、渡辺社長は完全復活。借金を返済して「年商120億円」の会社を経営しています。私は「経営者はサラリーマンよりも優秀だ」と言いたいのではありません。私よりも優秀なサラリーマンは大勢います。ですが、優秀な彼らが「年収1000万円」に届いていないのであれば、企業という枠組みの中で、才能を活かしきれていないからではないでしょうか。10回やったら1回はうまくいくのであれば、「起業」は、もはや「リスクが高い」とはいえません。一等の当選確率が1/1000万の「宝くじ」の行列に並ぶより、よほど成功の確率は高いと思うのです。

| Люблю ロシアへの想い | 00:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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