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私とロシア Я и россия

東京ロシア語学院の学生です。

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全国ロシア語コンクール優勝まで②

私の通う東京ロシア語学院は、日本で唯一のロシア語専門学校です。学院に興味を持ってくださる方に少しでも情報をお知らせしたく、エピソードを紹介いたします。

※関係者の方で不快に思われる方がいらっしゃいましたら削除いたしますので、お知らせください。

全国ロシア語コンクール 当日

少し早めに起きて着替えてメイクをしました。髪型がなかなか決まらず時間がかかり、最終的にはまとめ髪に決定。コンクールの服装について学院の先輩であるイリヤに相談をしたら「僕は普段着で行きますが優勝者はスーツを着てくる人が多いです」と教えてくれたので、予定通りスーツを着用し、ロシアらしく華やかにするため、スーツにネクタイをし、網タイツを履きました。メイクはDiorのクリスマス限定コスメでキラキラを加えました。

経堂までの道のりでは、やはりガリーナ先生の朗読を聞き続けました。マナーが悪いことなど承知の上、独り言をロシア語で話し続けることが大変奇異であり不快に思われることは解っていたけれど、コンクールまでの3日間、私は職場の昼休み、トイレ、バスの中、学校まで、自宅まで、スポーツジムの浴場など、どこでもつぶやき続けました。仕事8時間、学校2時間、睡眠8時間+α、概算6時間×3日の中でどれだけ練習できるかわからなかったので、咳か、スピーチか、私のスキマ時間のほとんどを費やしていました。コンクールまで時間が無かったので。

応援に来てくれた友達と経堂のマックで待ち合わせして、学院へ。バザー併設のため1階は混雑しており、2階へ上がって山内先生に最終チェックをしてもらおうと事務局へ声をかけたら、山内先生はお取込み中。3階の控室へ行くと、強敵の高校生がネイティブ講師と練習をしていました。・・・敵わないかもしれない。不安が襲いかかり、控室を出て、開催まで事務局付近でウロウロしていました。すると佐川先生が現れ、屋上でずっと練習してたから暑い!と言っていました。コンクール後、これでようやく眠れるわ、と言っていたことを知るのは数週間後。コンクールのパンフレットを見て、どれも良い内容が書かれていることにまた自信喪失。読むの止めよう。出場者席に早めに座り、会場をぼんやりと眺めていました。山内先生が司会進行役なら、お立場上話すことは無理だな。代わりと言ってはなんですが、佐川先生も吉見先生も卒業生も皆が観客席に、司会は学院2年生の先輩、事務局の皆もいよいよスピーチを聴いてくれる。そして日本ユーラシア協会の副理事長さんが声をかけてくれて緊張がほぐれていきました。優しい眼差しに救われました。発表が始まってからはずっと”私は出来る、私は出来る””私は負けない”と言い聞かせていました。

自分の番が来たとき、”私は待ち望んでいたのよ、皆さんどうぞ私のスピーチを聴いて!”と思えるほど自己顕示欲を高めました。山内先生の添削、翻訳センスを信じていましたから。しかしいざスピーチをすると手が震えていて、頭の中は真っ白に。本番では、練習以上の力は絶対に出ないことを思い知らされました。直せると思っていたはずの単語はいつも通り減点される発音に戻り、最初の一文節で「(大学)」言えなかったし。あっ、しまったと焦ったとき、吉見先生たちが笑っているように見えて、もういいや、楽しめればと開き直りました。10文節目のシリアスな場面に変わるところで間を置きましょうと山内先生からアドバイスされたことを忘れず先生の顔を見たら絶対に目を合わせてくれない。メンタルケア無し!と思いつつ、余裕をもって、審査員の目を思いっきり見ながら「私は(略)ロシア人が心を込めて平和を求めていることを知りました。」と言いました。観客席にはチラホラとロシア人が居たので、最後の文章「ロシア人の平和を愛する心を知ってもらえたら良いでしょう」を伝え、終了。席に戻った後は、これ以上もこれ以下もないので、出場者のスピーチを聴いていました。不安を払拭させるように、私は1位となって嬉しいと、予め山内先生に聞いておいたロシア語を覚えることに努めました。そこに出場者に対する思いやりはありませんでした。休憩になって、先輩からLINEで「私はあなたがすでに上手にロシア語を話すことに驚いた。発音がいい」とメッセージが届きました。涙が出そうなほど嬉しかったです。あなたがライバルだったら敵わなかったけどね(笑)。

どなたも素晴らしい発表を聴き終え、審査待ちの間は先輩方と過ごし、結果発表。奨励賞、努力賞の後、初級部門の発表があり、めでたく優勝。3位から1位の発表でドキドキし、イリヤの優勝が決まった時、涙が出ました。普段の彼は誰からも努力を見せないと言われていたのに、このコンクールでは才能と努力を併せて勝ち取った優勝。なんて素晴らしく美しいのだろうと感動しました。そして今まで無かった学院のW優勝!!あれだけの猛者を打ち倒した彼の実力を見ました。

かつて、フィギアスケートの浅田真央選手とキムヨナ選手が競ったとき、浅田選手は演技の完成にこだわり、キムヨナ選手は韓国へ金メダルを持ち帰ることを決め、結果としてキムヨナ選手が金メダルを取りました。私はどうしても学院に優勝をもたらしたかったので、自分の能力を把握し優勝のための作業をしただけ。イリヤの優勝とは性質が異なることを知っています。私は美学を捨てて優勝をつかんだから辛くなってしまい、先生に賞状もメダルも図書券も全部差し上げたいと思ったけれど悲しむだろうから止めました。

優勝がくれた新しい道に感謝して、早く勝者に相応しい実力を身に付けます。

つづく。

| Японский дневник 日本語の日記 | 09:06 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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